大日本印刷がつくった
本や雑誌
市谷工場では、100年以上前から膨大な数の本や雑誌がつくられてきました。その中には、夏目漱石を世に送り出すことになる俳句雑誌の「ホトトギス」や、日本を代表する辞書のひとつ「広辞苑」をはじめ、歴史に残る本や時代を象徴する雑誌などが多く含まれています。
出版物の大量発行には、首都圏の大規模な印刷設備は不可欠でした。大日本印刷市谷工場は、日本の出版流通にとって重要な役割を果たしてきたのです。
当館で展示している紙資料は、資料保護の観点から高精細復元技術(プリモアート®)で複製したものです。
ホトトギス
百号八巻七号、1905(明治38)年、ほとゝぎす発行所
1897(明治30)年に創刊。120年以上にわたり出版を続けている俳句雑誌。当時大学講師だった夏目漱石が『吾輩は猫である』『坊っちゃん』を発表したことでも知られています。
キング
創刊号、1925(大正14)年、大日本雄弁会講談社
日本で初めて発行部数100万部を超えた大衆雑誌。エピソード中心の立身出世物語や道徳的訓話など、バラエティ豊かな読み物を手軽に楽しめる編集方針は、多くの読者を引きつけました。
現代日本文学全集 芥川龍之介集
1928(昭和3)年、改造社
1冊1円という安価で1926(大正15)年に予約販売され、「円本」ブームの嚆矢となった全62巻(別巻1冊)の文学全集。これ以降、一般家庭に広く本が普及し、印刷・製本の機械化が進みました。
リーダーズ・ダイジェスト(日本語版・創刊号)
1946(昭和21)年、日本リーダーズ・ダイジェスト社
米国の人気月刊誌『リーダーズ・ダイジェスト』の日本語版が創刊され、大日本印刷は英語版とともに印刷を受注。日本語版の発行部数は一時130万部に上りました。
日米会話手帳
1945(昭和20)年、科学教材社
誠文堂新光社の小川菊松社長(当時)が終戦の玉音放送を聞き、上京する汽車の中で発案したという英会話指南書。英会話79例を掲載した小冊子で、3カ月で360万部を売り上げました。
広辞苑(初版)
1955(昭和30)年、岩波書店
小さい文字を表現するため、ひと回り大きい9ポイントの活字で版を組み、その清刷りから縮小印刷を行いました。初版から最新版まで、本文には大日本印刷の書体「秀英体」が使用されています。
週刊新潮(創刊号)
1956(昭和31)年、新潮社
週刊誌は十分な製造能力を持つ新聞社だけが発行可能という当時の常識を覆して創刊。印刷会社が製造体制を強化したことで、出版社の週刊誌発行が可能になりました。これ以降、出版社系の週刊誌が続々と刊行されました。
週刊TVガイド(創刊号)
1962(昭和37)年、東京ニュース通信社
日本で最も歴史が長いテレビ情報誌。66年に関西版、67年に中部版と分版を重ね、全国14地区版を刊行しています。情報量にあわせて創刊号のA5版から大判化して現在はA4ワイド版になっています。
週刊平凡パンチ(創刊号)
1964(昭和39)年、平凡出版
週刊誌創刊ブームの流れの中で創刊。ターゲットを明確にした雑誌の創刊が相次ぐなか、特にファッショナブルな成年男子を引きつけ、カルチャー雑誌の草分けとなりました。
Ichigaya
Letterpress Factory