秀英体のコネタ
2005年05月19日
第7回 昭和30年代の職場見学
残されている昔の活版現場資料の中に、「スクラップブック 鋳植係職場写真 昭和30年代」と記された資料がありました。開いてみると、古い紙の匂いと何枚ものモノクロ写真が整理されて出てきました。

古いスクラップブック
何枚かの写真の裏には日付などとともに「職場優良賞受賞記念」と書いてありました。会社から賞をもらいその記念に撮影した職場写真のようです。今はもう残っていない古い印刷設備なども撮影されています。
昭和30年代の大日本印刷を見学してみましょう……。
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いずれも今から40~50年ほど昔の写真です。
この写真の10年前である昭和20年代後半は、機械式母型父型彫刻機(ベントン彫刻機)の導入とそれにともなう新しい秀英体(A1書体・現在の秀英細明朝体)の開発がありました。そして写真の10年後の昭和40年代後半には、電算写植組版システムに搭載するため秀英体のデジタル化がスタートします。
昭和30年代は長い時間をかけて秀英体原字の修正を行なっています。創業以来使用してきた号数活字からポイント活字に完全に切り替わったのもこの時期です。もちろん新しい技術や設備の導入もあったでしょう。大日本印刷全体を見ても書籍や広告への印刷だけではなく、フォトマスク・家具に使う木目調シート・インスタントラーメンの包装材・布地への転写など、印刷技術から新しい製品を開発し、現在の総合印刷業へシフトしていくのが、この昭和30年代です。
(2005.5.19 佐々木)