秀英体のコネタ
2005年11月21日
第13回 圧巻の200冊、祖父江慎+cozfish展
ggg 第234回企画展 「祖父江慎+cozfish展」
2005年11月4日(金)~11月26日(土) ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
11:00-19:00(土曜日は18:00まで) 日曜・祝日は休館
入場無料
2005年11月4日から26日まで、ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)では、第234回企画展「祖父江慎+cozfish展」が開催されています。
祖父江さんといえば、書店でひときわ目を惹くブックデザインでおなじみですが、今まで1300点もの本を手がけたそうです。本展ではそのうちおよそ200冊が展示されています。
この中が「うっとり」パワーのるつぼです
1Fの展示
扉を開けると、「ヤットコスットン、チョイナチョイナ~」と子どもたちの声で繰り返される何やら不思議な曲が流れています。そして目の前には……
あっ、かわうそくん!
吉田戦車『伝染るんです』コミックス第1巻(小学館)が大きな布の本になって垂れ下がっています。ということは、会場に流れる不思議な曲は『伝染るんです』第2巻に楽譜が載っている「かわうそ音頭」ですね。
『伝染るんです』第1巻といえば、半ば伝説と化した造本で有名です。版面が曲がって印刷されていたり、突然違う紙が混ざっていたり、通常は最後のページにくる奥付のページ位置が間違っていたり、帯がまがって切れていたり、カバーのそで(折られた部分)の長さが違っていたり、ページのサイズが違っていて飛び出ていたり……と挙げればきりがありません。「第1巻なので著者も編集者もみな慣れておらず間違った本造りをしてしまった」という設定でデザインされたそうです。ちなみに第2巻は、「1巻の失敗をやりなおした」本がデザインされています。
書店で見たことがある本がたくさん並びます
1Fの展示では、造本上、非常に手間のかかった本や、祖父江さんのブックデザインといえばこの方、という作家の作品が並びます。
ほぼ日刊イトイ新聞の人気企画を単行本化した『言いまつがい』(東京糸井重里事務所)の単行本は、そのタイトルどおり「まつがった」造本*1。だいたい四角い形をわざわざ作っているので、本を立てるとなんだか傾いています。
言いまつがい
花村萬月『浄夜』(双葉社)は、手にとるとカバーの紙の手触りが印象的な一冊です。表側が白い網の目のようなものにびっしり覆われているんですが、網目の印刷につかった版を実際に見ることができます。
浄夜
書籍を印刷するにあたっての、印刷現場への指示も見ることができます。ふだんは出版社や印刷会社しか見ることができないものです。写真は楳図かずお『おろち』第3巻の指示で、「印圧強め+インキモリモリで刷ってください!」とあります。
『楳図PERFECTION!』シリーズでは、背の著者名やタイトルで秀英5号かなが使用されています。
インキモリモリで!
矢沢あい『ご近所物語 完全版』(集英社)のカバーには、ファッションデザイナーを目指す主人公・実果子のブランド「HAPPY BERRY」のロゴがエンボス加工されています。
ハッピーベリーのロゴ
祖父江さんの大学時代の先輩でもあるしりあがり寿『瀕死のエッセイスト』(角川書店)の設計書です。本の内側・外側、カバーに使用するイラストなど事細かなアイデアが記してあって、つい読みふけってしまいます。
死ニカケ瀕死のエッセイスト
壁際には、本が紐でぶら下げてあります。直接手にとって、じっくりながめることができます。カバー裏や小口などふだんは気にも止めないようなところに意外なしかけがあったりしますよ。吉田戦車・しりあがり寿・中川いさみら祖父江さんがたくさんブックデザインを手がけている作家の作品がまとまっています。
直接手にとってじっくりながめてください
階段の展示
それでは地下の展示室に向ってみましょう……あら?
階段に……?
階段にも本が並んでいます。1冊に99の怪談を収録した、木原浩勝・中山市朗『新耳袋』シリーズ(メディアファクトリー)です。
階段に怪談
地下の展示
地下展示室でまず目に飛び込んでくるのが、シリーズでブックデザインを手がけている新書「よりみちパン!セ」(理論社)のコーナーです。100%ORANGEのイラストや書籍の版面をオーバーラップさせた映像にもご注目下さい。
よりみちパン!セ
よりみちパン!セはそれぞれのテーマと著者の組み合わせが意欲的で、創刊以来話題のシリーズです。それぞれの本で異なるカバーや見返しなどを見比べることができます。
悩めるヤングたちに「個性ハ必要ナシ」とオヤジ的生き方を指南する、しりあがり寿+祖父江慎『オヤジ国憲法でいこう!』も、今年7月にシリーズの1冊として刊行されました。
見返しのイラストもみんな違いますよ
地下には写真集や雑誌のブックデザインなども並んでいます。
地下の展示
執筆陣の豪華さもさることながら、函入り・クロス装や本文の精興社明朝など手をかけた丁寧な造本で大人の心もつかんでしまった「ミステリーランド」シリーズ(講談社)。秀英体がタイトルに使われているものもありますよ。
手前にあるのは「ターシャ・テューダー・クラシックコレクション」シリーズ(メディアファクトリー)です。アメリカを代表する絵本作家ターシャ・テューダーの作品の復刻シリーズですが、ターシャ・テューダーの優しい雰囲気がブックデザインにもそのまま反映されています。
どちらも長く大切にしたくなる造本です
壁にはずらりと本が並んでいます。本だけではなく、造本設計書、書籍、そのカバー、そして色校正紙の順に並んでいます。
こうして一度に眺めると、祖父江慎+cozfishのデザインの多様さに驚くばかりです。
圧巻のボリューム
中原昌也『ボクのブンブン分泌業』(太田出版)では、タイトルや写真のような見出し部分に秀英三号かなが使われています。
ボクのブンブン分泌業
高橋源一郎『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』(集英社)の本文は、つながった「い」でおなじみの秀英細明朝体でした。
ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ(の版面)
個人的にとても気になったのがこちらです。岡野玲子・夢枕獏原作『陰陽師』(白泉社)は、祖父江さん手書きの風水盤の上に、コミックスが並べられています。
手書き風水盤の上にならぶ『陰陽師』
こちらはブラックライトのコーナーです。蛍光インキをつかったカバーが、ライトを当てられて光を放っています。
本の色々なところが光ってます
1Fの『伝染るんです』と同じように、地下も京極夏彦『どすこい(仮)』(集英社)と恩田陸『ユージニア』(角川書店)が大きな布の本になっています。写真はそば展示されている『どすこい(仮)』の設計書です。手書きの指定と実際の結果を見比べることができます。
細かい指定をみることが出来ます
ブラックライトコーナーの脇に、階段に展示してある『新耳袋』のカバーが広げてあり、傍らに虫めがねが置いてあります。のぞいてみると、小さな文字で文章が印刷してあります。これは単なる飾りではなく、カバーに全本文が印刷されているそうです!
そして多くの怪談を収録した『新耳袋』には、普段は目にしないとあるところに、魔よけがすられているそうです……。
カバーだけで全部読めるそうです
というわけで、祖父江慎+cozfish展をかけあしでご紹介しました。これほどまでバラエティに富んだブックデザインを可能にするには、多岐にわたる印刷・製本の技術に対し、非常に深い知識をお持ちなのがわかります。
約200点もの本が一同に会しているので、ここでご紹介したのはほんの一部です。秀英体が使われた本もたくさんあります!
見たことのある本が必ず見つかるはずです。ぜひ会場に足をお運びください。
お待ちしております!
(2005.11.21 佐々木)
- *1 『言いまつがい』のブックデザインについては、ほぼ日刊イトイ新聞「『言いまつがい』装丁伝説!あのへんな本をつくった人たち。」で詳しく紹介されています。